115



 激しい爆音と共に、目の前から親友は消え去った。
 一瞬だけ見えたその安堵の表情。それは、今ではもう見ることは出来ないのだろうか。

「シュウ?!」

 正樹は、急いでシュウがいた場所へと近寄った。その距離は10メートルもないだろうか。あくまでもその爆発は小
規模のもので、爆風も自分自身の体を吹き飛ばすほどのものでもなかった。だけど、それは人を殺すには充分な、そ
んな爆発だった。
一気に頭の中が冷えていく。背中が凍り付いていく。


 そんな……。
 やっと、やっと会えたのに……!


「シュウ!!」

シュウの体は、すぐ傍に転がっていた。仰向けにゴロンと力なく垂れていて、そしてその腹部からは、何かが飛び出
ていた。真っ赤に染まっているそれは、まるで幼い頃見てしまったスプラッタ映画のような、そんな雰囲気を醸し出し
ている。

 顔が青ざめていくのが、鏡を見ずしても自覚できた。

慌ててその傍らに膝を付く。シュウはまだ生きているのか、それとも死んでいるのか。どちらにしろ、この怪我は致命
傷だ。真っ赤な血は絶え間なくその地面を染め続けている。

 その時だ。
 シュウが、うっすらと目を開けたのは。

 その唇が、そっと動く。

「…………」

「え、なんだよ? シュウ? ねぇ、シュウ……」

「…………」

 その唇は、『マサキ』の形をとった。それだけだった。
 最期の力を使い果たしてしまったのだろう。それだけで、シュウはぐったりとして、再び目を閉じた。

「シュウ……?」

 シュウは動かない。ゆすっても、もう目を開けることはなかった。
 即ち、それは。


「おーおーおー、派手に爆発したなぁー」

 蒼白の正樹の背後に、誰かがいた。
 そっと振り返ると、そこには眼鏡の奥に鈍く光る瞳を持つ。今の彼にはそんな言葉がぴったりな男、市原文也(男子
3番)が、口に笑みを浮かべながら立っていた。
その市原は、正樹の目の前に既に動かぬ死体となったシュウを見るや否や、手を叩いて笑い出した。

「うっわぁ……マジかよっ?! 俺やっちゃった?! やったぜっ!」

目の前で親友の死を喜んでいる市原を見て、正樹はますます心にぽっかりと穴が空いた。
虚無感。その言葉が、今の自分には相応しいのだろう。もう、涙は枯れ果てた。
何も考えていないのに、口は動き、そして言葉を発した。

「……どうして、そんなに笑えるんだ」

市原はその言葉を聞くと、目はにやついたままだけれども、はしゃぐのはやめた。そして眼鏡をくいっと持ち上げると、
流暢に語り始めた。

「なんでって……お前それマジで言ってるわけぇ? だってさ、だってさ。俺は遠隔爆弾ここに設置してさ、長い間ず
ーっと誰かここ通んないかなーって待ってたんだよぉー。なのにさ、なのにさ。全然誰も通らないじゃん。このままじゃ
俺、首輪が爆発して死んじゃうじゃん? そんなのやだしよ。んでもって、あとちょいってところでやーっと芳賀ちんが
来たわけよ。だからドカーン! って感じ? だから俺の命も安泰? みたいなさぁ」

語りつつ、両手を激しく動かしたりしてオーバーな動作をする市原。嬉しいのだろう。楽しいのだろう。その目は、ずっ
と笑っていた。
そして吹き飛ぶ際に何処かに吹き飛ばされたシュウのデイパックを何処からか持ってくると、その中から農作業など
に使うカマを取り出す。それは太陽光に一瞬だけ反射し、鋭いということを示していた。

「へぇー、これが芳賀ちんの武器かぁ。んー……銃とかの方がよかったけど、いっかぁ。で、遠山ちん」

正樹は立ち上がると、一人で勝手に暴走している市原を睨んだ。
だが、それでも睨むだけだった。自分自身を押さえつけていた。


 駄目だ、意味がない。このバカを殺したって、シュウが生き返るわけじゃない。
 絶対に政府の思い通りには、動かない。


だが、睨むという行為が癪に障ったのだろうか。市原は、笑っている目を、少しだけ細めた。

「なーに、遠山ちん。なんか文句でもありそうだね」

「これからどうするつもりなんだ……?」

「えー? そりゃあ時間的余裕も出来たことだし、またどっかに隠れるさぁ。んで、また人数が少なくなったらぁ、俺が
出陣してってぇ、バッサバッサと倒してね、俺が優勝すんじゃん?」

楽観的に述べる市原。
それはまるで、今のこの状況を楽しんでいるかのような口ぶりだった。

「どうして、そんなに簡単に人が殺せるんだよ?」

「やーだなぁ。そんなの決まってんじゃん。生き残る為だよ、生き残る。だってさぁ、殺すしかないじゃん。じゃないと死
ぬしかないじゃん。そんなのやじゃん。だから俺はね、その為なら何だって出来んの。人殺しだって……! ……ノー
プロブレムなんだって……!」

途中で一瞬息が止まり、だがそれでも市原は続けた。
だが、何か、おかしい。

「どうして……じゃあ、どうして、そんなに震えているんだ?」

市原は震えていた。顔が次第に歪んでいる。
やがてそれは、苦痛の表情へと変わった。

「なんで……震えてんだろ? あれ、おっかしいな……なんか、痛いや……」

正樹は、その異常な現象に気が付いた。
市原の腹部、やや右寄りから、それはナイフだろうか。ダガーナイフの剣先が、突き出ていた。その箇所の付近は紅
く染まり、ポタポタと地面に滴っている。
市原が、ゆっくりと振り返る。その背後にいる、人物を見て。


「そんな……バカな……」



 やがて、市原はそのまま倒れた。
 そして、もう起き上がることは、なかった。



「バカはお前だよ。うるさくしてくれたお陰ですぐに見つかった」

その人物は、うつぶせに倒れた市原に刺さったままになっているダガーナイフを抜き出すと、その手に握られていたカ
マも掴み取った。
元野球部。その影響か、今でもほとんど丸刈りに近い髪形をしている、普段は大人しいはずの少年。天宮将太(男子
2番)が、そこには立っていた。その目は市原と違い、真剣そのものだった。



  男子3番  市原 文也
    26番  芳賀 周造  死亡



   【残り18人 / 爆破対象者6人】



 Prev / Next / Top