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「天宮君……?」

 2人の死体が転がっていて、2人の人間がその上に立っている。なんとも奇妙な光景だ。
 天宮は普段の大人しい表情に戻ると、少しだけ、寂しそうな顔をしていた。

「久々になるのかな、遠山」

「まだ生きてたんだね? 今まで、何をしていたんだい?」

「いや、別に。人を殺したのも今が初めてだし。なんか親しい奴でもいないかなーって、ずっと探したりもしたし。眠たく
なったからその辺の家に入って休んだりもしたし。これ、ホントにプログラムなのかなって、思ってたんだ」

 その瞳の奥に、何かが光っていた。

「誰の死体を見たわけでもない。だけど、放送では着実に名前が積み上げられていく。俺だけ独りぼっちになって、み
んなは殺し合いをしてるんだとか思ったりもしたよ。だけどな、今は特別ルールなんだ」

 ダガーナイフをズボンに差し込み、カマの切っ先をそっと自分の方へと向けている。

「俺は最期まで誰とも会わないで終わるのかと思った。だけど、そうはさせてくれないみたいだった。だから動き出し
たんだ。必死に探して、そしてやっと見つけて、だから……躊躇もせずに殺せたんだ」

 嫌な、予感がした。

「特別ルール……だったっけな。俺はもう首輪を爆破させられる心配はなくなったし、今別にお前をここで殺したって、
別に俺自身に変わりはないんだ」

 カマをくるくると手首で回しながら、天宮はにじり寄ってくる。
 自然と距離をとるために、正樹も後退した。


「なぁ、遠山。お前は、もう誰か殺したのか?」


 その真剣な眼差しは放せなかった。今、もしこの場で目を逸らしてしまったら、次の瞬間にはもう自分は死んでいる
のかもしれない。そんな悪寒が、した。

 怖い。

「殺したのか?」

間違ってるんだ。望んでもいない殺し合いを強要されて、どうしてみんながそのルールに則って戦いを挑みあうのか
が、理解できなかった。そう、なんとも不可解な現象。みんな、狂ってるんだ。
だからテツは殺し合いに参加した。シュウはその結果目の前で吹き飛ばされた。秋吉君も既に誰かを殺していた。武
藤さんは、他の誰かと一緒にただの肉の塊と成り果てていた。市原も、今まさに目を交えている男に殺された。
みんな、みんな死んでいってしまう。おかしいじゃないか。
望まない死、望まない戦い。その結果残るのは一体なんだ? 権力か、名誉か。
いや、そんなものはない。何も残らないのだ。残るのは死体と脱力感だけ。そんなものを誰も望みやしない。誰もが嫌
がっているのだ。楽しんでいるものなど、誰もいないのだ。

 なのに、何故? どうして?
 人は殺しあえる?

正樹は、首を横に振った。

「僕は、誰も殺さない。そう、決めたんだ」

 天宮は、ふぅと溜息をつくと、キッと視線を強めた。

「じゃあ、どうして震えているんだ? 死ぬのが、怖いのか?」

 全身が、震えていた。背筋は凍りついていた。喉がカラカラだ。冷や汗がどんどんと噴出してくる。


 ああ、怖がっているのだ。
 僕は死を恐れている。


 まだ、死にたくない―― 。



「よし、わかった」

 固まっていた体が、その一言でパンと弾けた。
 手が持ち上がる。足が自由に動く。手枷足枷を失った囚人のような気分だった。

 正樹は振り向くと、一気にダッシュをかけた。
元来あまり走るのは得意ではなかったし、また肩にかけていたデイパックも重くて邪魔ではあったけれども、それでも
正樹は早かった。
火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか。今の状況は、まさにそれだった。

 死にたくない。

ただその一心が、正樹の力を極限まで増幅していたのだ。
友を探すという目標も潰えた。他になにか生きる糧があるかといわれても、今の自分には何もないと言い切れるくら
い、何も見つからない。

 だけど。

だけどそれでも、死にたくはなかった。
生きる価値がなくなったとしても、それでも死にたいとは思えなかった。


 ドスッ。


背中に、強烈な痛みがほとばしる。
運動不足の正樹は、たとえどんなに頑張っても、元野球部の男に走力で勝るはずがなかった。
振り返らなくても、今の自分の身に何が起きているのかがわかる。恐らく背中に突き刺さっているであろう鎌は、走れ
ば走るほどに、痛みを発していた。


 駄目だ。
 痛い、痛すぎる。

 まさか、このまま。


背後からは、なおも迫り来る天宮の足音が、聞こえている。


「あああぁぁぁぁああああっっっ!!!」


 正樹は、吠えた。



   【残り18人 / 爆破対象者6人】



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