G=6、街道。 太陽は、終わりの時へ向けて刻々と昇る。 秋吉快斗(男子1番)は、街道沿いに建っている民家の中を慎重に一軒一軒捜索していた。現在探している2階建 ての民家にも、何処を探しても誰も居ないということがわかると、肩を落として再び外へと出る。 これで、一体何軒目であろうか。始めのうちは数えていたが、十を越えた時点で数えるという行為はやめた。数えれ ば数えるほど、虚しさが込み上げてくるからだ。 本来なら、探している人物、即ちそれは彼女である湾条恵美(女子34番)のことであるが、彼女以外にも誰かしらが 民家の中に潜んでいたっておかしくはないはずだ。いや、今が特別ルールの状態であり、だからこそ全員が外へ出 ないわけにはいかなくなってしまった状況だからこそ、それは致し方ないことなのかもしれない。 兵士蒔田からの情報で、恵美が既に爆破対象外となっているのはわかる。だが、それでも安心は出来ない。この目 で恵美を見つけ出して、そして無事でいることを確認するまでは。 この家にもいなかった。それだけで、ひょっとすると、と最悪の事態が脳裏を過ぎる。そしてすぐに振り払う。その行為 をもう何度したことだろうか。肉体的にはまだまだいけそうだったが、精神的にはとっくに限界を過ぎていた。胸が苦し かった。彼女を失うのが怖かった。あのほほえましい笑顔が、二度と見られなくなってしまうのが、嫌だった。 死んでほしくなかった。 「畜生……」 無意識に、独り言を言ってしまう。周りに誰もいないなんて保証はない。だけど、そこまではもう、頭が回らなかった。 恵美の存在は大きかった。初めて出会ったときから、今まで。一目惚れというものなのかどうかは今となってはわか らないが、今、恵美は快斗の全てだった。恵美を守ると決めたのだ。なのに。 なのに、何も出来ない自分がいる。 友部元道(男子20番)に撃たれた左肩。そこはまだ微かに、鈍い痛みを放ってはいた。だが、それもあの時に比べ たら随分とマシになったほうだ。幸い、それ以外に怪我をした箇所はない。 思えば恵美と別れたきっかけは彼だった。今ではもう死んでしまっているが、彼さえいなければ、ここまで思いつめる こともなかったのだろうと思うと、悔しかった。 そして思考はどんどんとマイナス方面へと向かっていく。戸惑いが油断を呼び、そして死へと誘う。堂々巡りどころか 悪循環であるそれは、確実に快斗の精神を破壊していた。 その時だ。全神経を恵美を見つける為だけに研ぎ澄ましていた快斗の耳に、誰かの声が聴こえた。 瞬時にそれが女子の声であると認識し、また方角を特定する為に一切の行動を制止する。それは微かにしか聴こえ なかったが、自分が今の今まで探索していた家の向かい側、草原が広がっている方面から、まるで風に乗っている かのように聞こえてきた。 それは決して穏やかではない、何か、喚きたてているような、声。 このプログラム中において、大声を出すことは無謀な行為であるといえる。大声を出せば敵に自分の居場所を知ら せる羽目になるし、またその時は周囲に対する注意力も散漫になってしまう。百害あって一利なし。まぁ、もしもそれ がやらせだとしたのなら、相当な勇気の持ち主であるが。 「違う、私はただ……!」 「あーもーうるさい! わかったよ、あんたはそれが目的だったんだね?!」 実際に近付いてみると、どうやら2人の女子が言い争いをしているらしかった。事の経緯を知らないので何が起きて いるのかなどは全くわからなかったが、急を要するような出来事であるには変わりない。 快斗は、周りに対して意識を傾けつつも、慎重に且つ俊敏に、その2人の女子のもとへと急いだ。 「駄目……やめて由美ちゃん!」 「やめるもんか! ずっと……ずっと信じてたのに!!」 大分近付いたと思ったときだ。突如として、女子の悲鳴が聞こえた。 連続して何度も響くその声は、頭に直接響いてきた。何か、とんでもないことが起きていると、想像できた。 「このっ、このぉぉっっ!!」 「あぁぁっ!! 由美ちゃん、ああっっ!!」 快斗は、信じられない光景を見た。 その2人は、家の裏側にいた。目の前に飛び込んできた光景は、長身の女子が逆に小さな女子に向けて、何か櫛 のようなもので突き刺している、そんな光景だった。 小柄な体、磯貝智佳(女子2番)の体が、突き刺されるたびに悲鳴を上げ、そして鮮血を撒き散らしている。そしてそ の体に、フェンシングなどでよく使う武器、レイピアを我武者羅に突き刺しているのは、その幼馴染でなんだかんだと 行動を共にしていた女子、朝見由美(女子1番)だった。 朝見の目には涙が浮かんでいた。だが、唇をかみ締めながら、闇雲に目の前の幼馴染に向けて、レイピアを何度も 何度も突き刺していた。 快斗の唇が、わなわなと震えていた。今、まさにこの目の前で、殺人行為が為されているという事実が、信じられな かった。思えば、幾つもの死体を見てきた。襲われている遠山正樹(男子19番)を助けたこともあった。だけど、実際 に人が殺されてしまう瞬間を見たのは、今が初めてだった。 唇が、勝手に動き出す。 「何やってんだっっ?!」 思わず、叫んでしまった。 次の瞬間、自身の声にいち早く感付いた朝見は、はっと突き動かされたようにレイピアを握ったまま振り向いて、そし て走り去っていってしまった。梗塞を解除された磯貝が、草むらの上に崩れ落ちる。 急いでその磯貝の下へと走る。だが、既にその体を抱き起こしたときには、磯貝は白目をむいて死んでいた。口から 吐血した跡があり、またその制服は真っ赤な鮮血で染まっていて、突き刺されたときに空いた穴が、痛々しく残され ていた。 そして、その目には先程の朝見と同じように、涙が浮かんでいた。 一体、何が起きたんだ。 あんなに仲がよかったのに、どうして殺し合いなんかしたんだ。 わからない。ただ黙って傍観していただけの自分には、何もわからなかった。 悔しさが込み上げてくる。もう少しだけ、この2人の存在に早く気付いていたならば。もう少しだけ、早く静止させること が出来たのならば。 もう少しだけ、もう少しだけ。 「畜生……」 また、独り言。 その傍らには、今まさに飲もうと思っていたのか、ペットボトルの蓋が開いたまま転がっていて、中に入っているはず の水は、全てぶちまけられていた。 何が、どうなってるんだ。 こいつらを救うことが、自分には出来たのか。 駄目だ。 もう、いやだ。逃げ出したい。 逃げ出して、しまいたい。 はっと、顔を上げた。 誰かの咆哮が、背後から、聴こえたような気が、した。 女子2番 磯貝 智佳 死亡 【残り17人 / 爆破対象者4人】 Prev / Next / Top |