その咆哮、快斗は聞き覚えがあった。 あれはもう随分昔のようにも思える。そう、まさしく、彼の声。 「秋吉君!!」 こちらに向かって逃げてきているのは、遠山正樹(男子19番)だった。その顔はすっかりと青白くなっていて、明ら かに血色が感じられなかった。その逃げるような足取りもふらついていて、いつ倒れてもおかしくないという状況だ。 駄目だ、わからない。何が起きているのか、理解できない。 自分の姿を確認するや否や、正樹の足元がもつれた。そして、そのままうつぶせに倒れてしまう。 そして、快斗は見た。 正樹の背中に、鎌が深々と突き刺さっているのを。 そして、そこから紅い血が、とろとろと流れ出ているのを。 「遠山 ―― ?!」 正樹が、大きく息を吐きながら顔だけを上げる。その顔には、苦痛の中に垣間見れる笑みが浮かんでいた。 そして、そのまま、ゆっくりと、声を絞り出した。 「へへへ……ちょっとやられちゃったよ。気をつけて、秋吉君……」 その言葉にはっとして、正樹が倒れた先の方角に眼を向ける。 そこには、一人の男子生徒が立っていた。いつも後ろの席にいて見慣れた顔。天宮将太(男子2番)が、無表情で立 っていた。その目からは、何の感情も読み取れない。 「天宮……?」 「…………」 声を掛けても、返事は来なかった。そして天宮は無言でダガーナイフを構えると、一気に間合いを詰めてきた。 「……なっ?!」 疾い。 運動神経は決して悪くはないほうだが、そんな自分でも、今の攻撃は3度は避けられないであろう素早さであった。 よく考えてみれば天宮は元野球部。俊敏な動きが出来るのは当たり前のことなのだ。 間髪つけずに次の攻撃を天宮が繰り出してきた。完全に体制が整えられていなかった。咄嗟に、邪魔にならないよう に持っていた7番アイアンを出して、ナイフの切っ先をふりとばす。 ガキッという音がして、だがそれでもナイフは吹き飛ばされまいと、天宮は跳躍して再び自分との距離をとった。 天宮は器用に体制を整えつつ着地すると、今度はその場に直立した。襲ってくるということはしなかった。 何故なら、それは快斗自身が、アイアンで構えのポーズをとっていたので。 「……何があったんだ」 膠着状態の中で、快斗は尋ねた。 7番アイアンは普段扱っている真剣や木刀とは違い、ヘッドの部分に重心がかかる構造になっている。だからいつも の稽古通りに体が動くとは考えられなかったが、間合いをきちんと取れている以上、接近戦に持ち込むつもりなどは 毛頭なかった。 反面、天宮の武器のダガーナイフは接近用だ。先程のように虚を衝かれない限りならば、彼のナイフは問題ないと思 った。尤も、安心は出来なかったが。 「秋吉は、誰か殺したか?」 唐突に、そんな質問が来た。また不意を付く為なのかと少しだけ警戒したが、それで襲ってくるようなことはなかっ た。ただ、純粋に質問しているらしかった。 「誰か……か。そうだな、確かに、俺はクラスメイトをもう1人殺している」 嘘をついたって、仕方なかった。その言葉を発した途端に、うつ伏せになっている正樹が、やっぱりそうだったかとで も言いたげに、快斗のほうを見ていた。 天宮も、相変わらず無表情のままで自分の話を聞いていた。 「でも、お前だって……その様子だと殺してるんだろ、誰かを」 逆に質問し返す。あちらも嘘をつくつもりはないのか、普通に頷いていた。隠すつもりはまったくないらしい。 「じゃあ、もういいじゃないか。お前は爆破対象者じゃない。今ここで遠山を殺したって、何の利益にもならないんだ。 ましてや俺に襲い掛かる理由なんてないだろう」 よくよく考えればその意見は明らかにおかしかったが、今彼にかける言葉はそれしか思いつかなかった。大体今の 言葉は下手をしたら人殺しを正当化してしまいかねなかったし、他の爆破対象者に失礼だ。 だけど、その言葉を遮るように、天宮は応えた。 「死なない為には優勝する、それがプログラム本来のルールだ。それ以上でもそれ以下でもない」 少しだけ、その顔には表情があった。 全てに対して投げやりになっているような気持ち。憂い、そして虚無。それらが少しずつ折り重なって出来たような、 複雑な表情だった。悲しみでもない、怒りでもない、よくわからない、感情。 「だったら、チャンスの時にはどんどんと自分から行動していく。その何が悪いんだ」 喜怒哀楽では表せない感情もある。今の天宮が、まさにそれだった。 静なのだ。彼の周りでは、まるで時が止まったかのように不思議な空間が渦巻いている。だからこそ彼の心内は読 めないのであり、それがこの嫌な気分を作り出しているのだ。 「俺はまだ生きる。その為には、どんなことだってやってやる」 「それが……天宮の考えか。それが、殺人を正当化しているのか」 「正当化なんてしていないだろう。殺人はしてはいけないこと、それくらい常識だ。だけど、そんな日常の常識なんて、 ここにはないんだ」 それは、諦め。全てに対する、絶望。 かつての自分と一緒だ。天宮もまた、人の命を奪うということによって、本人自身が気付いていない鬱状態に、なって いるらしかった。 「何をやったっていいんだ。人の家に在るものを勝手に盗み出したっていい。友達関係を無茶苦茶に破壊して、全てを 亡き者にしたってここでは許される。今まで我慢していたこと、全部発散できる。ここは無法地帯なんだ、それくらい 荒んでるんだ。仁義なんて、ないんだ」 全部、壊してしまえ。 つまらない日常なんて、砕いてしまえ。 だが、天宮には、彼女がいなかった。 自身を慰め、励まし、そして心の支えとなる存在が。 「天宮、お前……」 「だから……俺は殺すんだ」 恵美が、愛しい。 こんなにも、自分の中での彼女が成長していたなんて。 そして、再び天宮は、快斗に向けて、突進してきたのだった。 【残り17人 / 爆破対象者4人】 Prev / Next / Top |