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 少しだけ、時は遡る――


 奈木和之(男子23番)は、古木の陰に、ひっそりと身を隠していた。
 じっと、ただ動かずに、その時が来るのを、待っていた。


 残りは11人。
 ……いや、あれからまた何度も銃声が聴こえている。恐らく、もう残り人数は一桁になっているのだろう。
 そして……僕は、一体どうすればいいのだろうか。


 手元にあるのは、イングラムM11探知機
マシンガンは、もともと自分に支給された武器だ。そして、これで一人。島野幸助(男子13番)の命を、奪っている。
彼の死体は、少しはなれた場所にある茂みの中に放置しておいた。地面や葉についた血はごまかすことは出来ない
が、それでも注意深く観察しない限りばれることはないだろう。
そして、探知機。これは、砂田利子(女子8番)が所持していた遺品。使い方はすぐにわかった。だが、最早それを積
極的に使う気にもならなかった。彼女の死体は、わからない。あの運命の時間に突き飛ばされて、茂みの向こうに消
えて、そして華が舞って。それから、彼女の姿は確認していない。
いや、おそらく直視できないだろう。この忌々しい首輪を吹き飛ばされた姿なんか、見られるものじゃないに違いない
のだから。だから、確認は、していない。

 本当に、僕はどうすればいいのだろう。

 確かに、この探知機を使って他の生徒を探し出して、そしてマシンガンで一人ずつ消し去っていけば、優勝すること
も出来るだろう。だが、それを心の奥底から望んではいない。出来ることなら、だれも、殺したくはなかったのだから。
なら、どうする? このマシンガンを使って、誰かを救うか? だが、そんなことをしても、結局は最後の一人になるま
では戦いは続く。協力者も、いつかは敵になる。かといって、ずっとこの場に居続けていても、やがては最後の一人
になってしまうだけだ。それも、嫌だ。

 駄目だ、わからない。

 いっそ、このまま殺されてしまったほうが楽なのではないだろうか。結論を見出すことが出来ないのなら、それを放
棄してしまうのもまた一つの手。死んでしまえば、あとは知ったこっちゃない。なんて楽な手段だ。
だが、それではきっと利子は怒るだろう。あの時、最期に言い残した言葉。こんなとこで、僕は死んではいけないと言
った利子。では、僕はいつ死ねばいいのだろうか。いつなら、死んでもいいのだろうか。

 そう、つまりそれが、「生きろ」という意味なのなら、僕は喜んで生きよう。だが、それが他のクラスメイトの「死」の上
に成り立つというのなら、僕はそんな「生」はいらない。僕よりも、生きなければならない奴は沢山いるのだから。
そう、生かせたい奴を生き残らせる。そんなのも、いいかもしれない。少なくとも生をないがしろにする奴には、マシン
ガンは絶対に渡さない。その為には、抵抗も、必要なのだろう。

 探知機をつけると、そこには新たな反応が出ていた。
 そう、そこには『M−07』と表示されている。

「……粕谷、か……」

 粕谷 司(男子7番)。僕等の、仲間。
だが、利子から聞かされていた。彼は、やる気なのだと。兄であり、そしてまた仲間でもある砂田利哉(男子14番)
の命を、屠った者なのだと。
彼がやる気になった理由は、正直わからない。あの明るかった彼が、仲間を簡単に殺してしまうほどの残虐性を持ち
合わせていたとは到底考えられないことだ。それだけに、彼が、怖かった。出来ることなら、会いたくない、相手だっ
た。その彼が、今、近くにいる。

 彼を、僕は殺すべきなのだろうか。
 それとも、その意見を聞いて、マシンガンを渡すべきなのだろうか。

 マシンガンを渡せば、確実に彼はそれを殺戮に用いるだろう。そして、そのまま勝ち残る可能性もある。容易に考え
られる。だが、それが彼の為ならば、仕方のないことなのかもしれない。
彼は利哉をあっさりと殺した。ならば、僕だってきっと躊躇せずに殺すだろう。だけど……それでも、僕は彼と話してみ
たかった。彼がどのような経緯でやる気になったのかを、知りたかった。


「おわ、死体だ。誰だぁ? ……あ、なんだ、島野かぁ」

 ふと、顔を上げる。
 声が、した。聞き間違いようのない、その普段どおりの明るい声。間違いなく、司だ。

「あちゃー……こりゃ酷いな。蜂の巣だ……と、なんだなんだ? こっちにもなんかあるぞ」

 その『なんか』を司は発見した。
 今度は、それに関する感想のコメントは出てこない。やはり、それだけショックな内容なのだろう。


 彼は……もしかして、役を作っているのか?


「…………」


 あえて、平静を装って、そして……。

 僕は、間髪いれずに、マシンガンの引き金に手をかけた。
 直後、目の前の茂みを掻き分ける、司がいた。


「……和之、か」

「久しぶりだね、司」


 銃口は、逸らさない。その先には、粕谷の体。

 一歩間違えれば死んでしまう、そんな状況なのに。




 何故か、司は、笑っていた。




  【残り8人】





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