「なんだか物騒なもんを持ってるね」 司は、そう言いながら肩にかけていたデイパックを地面に落とした。 ドサッという音と共に、微かに聴こえる金属音。武器を、それなりに所持しているのだろうか。 「……で、どうするんだ? そいつで、僕を撃ち殺すのかな」 本当に、いつもの粕谷だった。その声だけを聞いていたら、彼を疑うなんてことは全くなかっただろう。だが、事情を 知っている今、それはあまりにも滑稽で、そして悲しかった。 「話が、したい」 「……話? 何の?」 「司さ、利哉を……殺したんだろう」 途端、粕谷の顔が、曇る。触れてはいけない過去のような雰囲気をまとっていたが、もう遅い。 既にそこには、いつもの粕谷はいなかった。 「なんで、殺したんだよ? しかも躊躇せずにさ?」 「……誰に、聞いたんだ?」 唇をかみ締める粕谷。そこには、後悔の責などは微塵も感じ取れなかった。 いや、それだけではない。一切の感情が読み取れなかった。虚無の空間が、そこにはあった。 「…………」 「まぁ、わかるさ。そこに利子の酷い死体があった。あれだっけね、特別ルールで結局誰も殺さなかったから、首輪を 爆破させられたんだっけね。そう……か、その直前まで、和之といたんだ。そうだろ」 ただ、淡々と口だけが動く。まるで何かの操り人形のような仕草。 それが、酷く不気味に思えて仕方なかった。 「その利子から、色々と聞いたわけだ。その様子だと図星だね?」 「…………」 「無口だなぁ、わかってるでしょ? 僕はだんまりが嫌いなんだよ。じゃあ、もう一つ当ててあげる。和之さ、多分この 場所から動いてないでしょ? そのマシンガンは支給武器だよね? でも、そんなには使ってない。ずーっとこの場 所に居続けているんだ。そうでしょ?」 「……だとしたら?」 「よくここまで、生き残れたね。だって、こんな場所、なかなか見つけられないよ。僕だって、今そこで島野の死体を見 つけて、そこから少し入ったところで利子の死体を見つけて、それでやっと辿り着いたわけなんだもん」 口調は、平静を装っている。あくまで、こちらが有利なのだと、全て知っているのだと、必死に語っている。 だが、眼は正直だ。嘘をつかない。その凍てついた眼は、隠しようがない。 「……質問に、答えてもらおうか」 動ずるな。ペースを保つんだ。 「利哉は……本当にすまなかったと思ってる。だけど、仕方なかった」 「なんでだよ。殺していい理由なんか、ねぇだろがよ」 「あるさ。これは……ゲームなんだ」 「ゲーム……だと?」 自身が苛立つのがわかった。司は利哉を殺した。それも一方的にだ。 司が、どうしても生き残らなければならないのなら、それは仕方のないことなのかもしれない。だが、今、この状況で 判断しても、どう結び付けても殺人という結末には至れない。 「そ、ゲーム。実はね、唐津と、競い合ってるんだ」 「唐津と……?」 唐津洋介(男子8番)。司とはライバルのような関係で、いつもなにかと競い合っている奴だ。 そして、最悪の予感。この状況下で、競い合える唯一の種目。 「司、お前……?!」 「そういうこと、負けるわけにはいかないんだよ。最後の戦いになるわけだからね」 その言葉を聞いた瞬間、なにかが、頭の中で、弾けた。 生 か し て お け な い 。 貴 様 の 娯 楽 の 為 に 、 命 は や れ な い 。 命 を 奪 う 資 格 さ え も な い 。 「うぉぉー!!」 ぱらららら。 手元から、火花が飛び散る。 そう、この近距離。絶対によけることなんか、不可能だ。 ぱららららららら。 死ね、死ね死ね死ね。 死んでしまえ、死んでしまえこのくそ野郎が。 お前達の娯楽の為に、何人もの生徒が犠牲になった。 お前達の娯楽の為に、尊い命が軽く散在に扱われた。 お前には、生きる資格なんかない。 俺が、屠ってやる。 ぱらららららら……カチン。 弾切れ。予め詰め込まれていた弾を、全て吐き出したのだ。 それらは大半が、粕谷の体内に送り込まれた筈だ。 これだけ喰らって、生きている筈が……。 タァン!! 直後、一発の銃声。 途端、下腹部に猛烈な痛みが込み上げてくる。思わず、うずくまってしまう。 顔を上げると、そこには、司がいた。 「な……ぜ…………?」 質問に答えるかのように、粕谷は上着を脱ぐ。 そこには、制服ではない、ごわごわとしたものが、あった。 防弾チョッキ。 瞬間、なんだか全てがおかしく思えてきた。 あれだけ撃ったのに、一度も頭を狙わなかったことがおかしかった。きっと、利子のような姿にはしたくないと、本能的 に避けていたのかもしれない。 だが……伝えなくてはならなかった。これだけは、伝えなくてはならなかった。 こんな理不尽な争いごとに、あいつらを巻き込ませるわけにはいかなかった。 「粕谷……一つだけ、聞いてくれ」 「……なんだよ」 ぞっとするような、冷たい声。まるで、唐津のような喋り方。 だが、それでも続けなければ。 「湾条……と、快斗……。この二人は……見逃して、くれ……」 「てめぇのことじゃないのかよ」 粕谷が、笑う。それは、嘲笑だった。 だが、意外だったのだろう。話は、聞いてくれるらしい。 「あいつらは、今……互いに互いを、探してる。だから……」 「見つけられるまでは、そっとしといてやれ……ってか? また随分と都合がいいな」 「……へへ。ダメ……かな?」 「まぁ、その気があったら、見逃してやるよ。マシンガン代としてな」 「……そりゃあ、どうも」 粕谷は、結局粕谷だった。 粕谷は粕谷であって、決して別人などではなかった。 恐らく、この長い付き合いの中で、自分は粕谷という人間について、こんなにも疎かった。ただそれだけのこと。 そして粕谷は、脇に跪く。 「そんじゃ、奈木君。オツカレサマ」 直後、一発の銃声と共に、僕の思考は無理矢理引きちぎられた。 なんとまぁ、呆気ない最期なんだろうか。 結局、僕がとっていたこの行動が、正しかったのか、あるいは間違っていたのか。 そんなのは、もう……どうでもいいわけで。 男子23番 奈木 和之 死亡 【残り7人】 PREV / TOP / NEXT |