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「恵美……か」


 驚いた。和之との約束を守ろうと決意した瞬間に、背後に現れた彼女。
 呆然と立ち尽くしているのは、恐らく視線の先に和之の死体を確認したからなのだろう。


「司くんが……奈木君を、殺した……のね?」

 一単語ずつ、ゆっくりと、紡ぎ出すように恵美は言った。
突然の出来事に混乱しているのかもしれない。そりゃそうだ。普段の生活の中で、彼女からすれば自分は、こんな親
友を殺してしまうような奴には間違いなく見えないからだ。それだけは、断言できた。

「……そうだよ」

何を言えばいいのだろうか。
和之を殺したことに対して弁解をすればいいのだろうか。だが、所詮悪あがきだ。自分が和之を殺したのはもう何処
からどう見ても確実なことだし、恵美がそれに対して身構えるのも至極当然のこと。
それによく考えればこの時点で生き残っているイコール彼女も人殺しということだ。しまった、すっかり忘れていた。

「……あたしは死ぬわけにはいかない……って、知ってる?」

だが、恵美はいきなり背後から銃をぶっ放すこともしなければ、ナイフで襲い掛かってくることもなく、ましてや逃げる
こともせずに、淡々とそう言いだした。
そう、えらく淡々と。唐津のそれを、うっすらと思い出させるような、凍てついた声。おかしい、違う。自分の知っている
湾条恵美はこんな声は出さない筈だ。もっと、おしとやかで、可愛らしくて、思わず彼氏でない自分でも守ってやりた
くなるような純粋さを兼ね揃えていた筈だ。


 じゃあ、これが……湾条恵美というクラスメイトの、本性……なのか?


「和之に聞いたよ。快斗を、探しているんだったな」

「……なら話は早いね」

 何の話だ。
つまりあれか、このジェノサイダーである自分に話しかけておきながら、みすみす優勝の可能性を逃してしまう行為を
自分にとれと言っているのか。私用の為に、今は見逃して欲しいということなのか。
もしもこれで和之が死ぬ前に願いを言っていなかったら自分はどうしていただろうか。まぁ、恵美らしいといえば恵美
らしいのだが、それではいわかりましたと見逃しただろうか。

「恵美を、殺す気は……今はないよ」

まぁどっちでもいいことだ。一度決めたことだ。快斗と恵美が合流するまでは、一切の手出しをしないと決めたのは自
分だ。あちらさんが自分に手出しをしない限りは、こちらも傍観するだけだ。
だがその言葉を疑問に思ったのだろうか。恵美は、さっさとこの場から離れればいいのに、なかなか離れない。

「今は、てことは、いつかは殺すってことと受け取っていいのね?」

「まぁね。和之に頼まれたんだ、二人が再会できるまでは殺すなってね。別に守らなくてもいいんだけれども、それだ
 と恵美が困っちゃうでしょ」

「へぇ……奈木君、そんなことお願い、したんだ」

意味深に、恵美は黙り込む。
そして、静寂。なにも聴こえない。既に夕日はすっかり沈んでしまっている。辺りは暗かった。
急に和之の死臭が漂ってきた。いや、本当はずっと前から臭っていたのだろう。だが、その他の刺激が優先されてい
た、それだけのことだ。

「ちょっとついてこいよ」

そう言い残して、歩き始める。足音が背後から重なって聞こえる。本当についてきているらしい。無用心なのか純粋
なのか、はたまた自分の言葉を信頼しているのかはわからないが。
やがて5分ほど歩いて、広場となっている場所を見つけた。月明かりに照らされていて、先程の森の中に比べたら数
十倍明るかった。ここなら、恵美の表情も容易に判断できる。程よい位置に倒れていた木の上に座る。眼で促すと、
恵美も隣にちょこんと座った。

「なぁ、恵美」

「……なに?」

「僕がやる気になっていること、誰かから聞いていた……のかな」

自分でも驚くほど、恵美は落ち着いていた。そう、それは多分遭遇したときからそうだ。まるで恵美は、ここに来る前
に既に何が起きているかを予想していたかのような振る舞いをしていた。
そしてやはり予想通り、恵美は小さく頷いた。

「利子から、聞いた。それから、利哉君のことも」

「……そっか」

やはり、そう思った。というより、それ以外考えられないのだ。自分が逃した獲物は砂田利子(女子8番)ただ一人な
のだから。ということは、恵美は利子と行動を共にし、そして恐らく和之とも遭遇しているのだ。だからあの古木の場
所を知っていた。銃声で、和之が死んだと予想していたのだ。ナルホドね。
となると、疑問点がまた一つ浮かび上がる。

「じゃあ、なんで恵美は戻ってきたんだ?」

流石に脳内で考えたまま継続で質問したのはわからなかったのか、恵美はポカンとしていた。だが、すぐにその意味
を理解したのか、逸らしていた視線を自分へと向ける。真っ直ぐな、眼をしていた。

「探知機、ある?」

探知機……ああ、これか。それなら右ポケットに入っている。
とすると、これは利子の支給武器と考えるのが妥当なところか。それを知っていて、恵美はそれを受け取りに和之に
会いに来たということだ。最初に利子と別れたときは、まだ利子は生きていた。つまりあの運命の時間の前だ。そし
て利子が死んだ今、武器を引き取りに来る。ナルホド、なかなか冴えているな。
そして、こんな探知機が欲しい理由なんて一つしかないだろう。

「快斗が何処にいるか知りたいんだな」

恵美は黙って頷いた。
だが、自分もそこまでお人よしじゃない。こいつをあげるなんて言語道断。


 でも、まぁ……情報提供くらいはしてやるか。
 恵美と快斗はなるべく早めに遭遇してもらいたいのだから。


「やることは出来ない。だけど、調べてやるくらいのことは出来る」

というわけで、電源を入れる。どうやらこの探知機、範囲を広げるといった機能は付いていないようで、本当に近場に
いる人間の首輪しか探知できないらしかった。まぁ、有効に使えばましかもしれない。
そして眼を凝らしてみたが、残念なことに周辺にはM-01は発見できなかった。それどころか、現在生存している生徒
自体見つからない。

「あぁー……このあたりには僕達しかいないね、残念だけど」

落胆する恵美。まぁ、仕方ない。そっちはそっちで頑張って欲しい。
そして、再び沈黙。何も話すことがなければ、そろそろ別れよう。そう言おうとしたときだった。


“はーい、みなさーん。元気にしてますかー?”


 作ったような声が、突如として会場に響き渡っていた。
 静寂の雰囲気を一気にそれはぶち壊していった。

「これは……放送……?」

 恵美が顔を上げている。
 時計を見ると、いつの間にか短針が午後六時をさしていた。


“それでは、まずこの六時間で消えた生徒を発表します。ということでまずは男子”


 前回の放送の時点では11人残っていた筈だ。
 そして、既に自分は和之を殺している。つまり、少なくとも残りは10人。

 さて……消えたのは誰だ。


“えー……。…………8番、唐津、洋介……”




















 ……え?








 なんだって?



























  その時は、信じられなかったんだ。
  だって、あの唐津が……死んだなんて。








  【残り7人】





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