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 和之は、全てを否定した。

 なら……今目の前にいる少女は、僕の事をどう思うのだろうか。



「話が……?」

「そう、大切な話だ。多分、驚くと思うし、恵美も僕を否定するかもしれない。だけど、聞いて欲しい」

 すっかり日も落ちて、これから段々と寒くなってくるのだろう。
 だが、この異常なまでの緊張の連続は、そんなことを微塵も感じさせなかったのだ、今までは。

 だけど、今この瞬間、何故か、寒さは肌で実感できた。


「僕は、今ゲームをしているんだ」


 目の前できょとんとする恵美。当たり前だ。こんな状況下で、一体どんなゲームが出来るってんだ。
 だが、話を続ける。


「唐津が、死んだ。今の放送で、初めて知ったんだ。僕は……その唐津と、ゲームをしていたんだ」

「唐津君と……ゲーム? ……なんの?」


 体に電撃が走る。
 目の前の少女の眼は、鷹のように鋭くなっていた。全てを、射抜かれているようで。

 僕は直視することが出来ずに、眼を逸らそうとした。


「なんで、眼を逸らそうとするの? 真っ直ぐあたしの眼を見てよ」


 しかしそれも叶わなかった。いつもより1オクターブも低い声に、圧倒されている自分がいる。
 恵美は、全てを理解しているのだ。それでいて、あえて僕の口から言わせようとしているのだ。

 ……息苦しい。


「……唐津と、キルスコアを、争っていたんだ」

「…………」

「偶然、僕は唐津と出会った。それを運命だと思った。だって、試合開始時には68人もいたんだよ? そんな中で、
 比較的早い段階で僕と唐津が出会えたのは奇跡に近いんだ。だから……僕は唐津にお願いしたんだ。最後の…
 …戦いを、挑んでもらいたいって」

「…………」

「それで、唐津は頷いてくれた。だから、僕は絶対に負けないと意気込んで……殺しまわったよ。恵美は知らないだ
 ろうけど、出発地点では坂本を殺した。それから、公園で成田も殺した。君の言うとおり利哉も殺したし、あの6時間
 の間には脇坂と牧野、そして小沢を殺しているんだ。それから、和之を加えてこれで7人、唐津のスコアの8人を越
 すまでは、あと2人なんだ」

「…………」

「……そうだよ、さっきの放送で道澤が言ったある人へのメッセージ、あれ……僕のことなんだ。僕にあと2人は殺せ
 って言っているんだ。勿論、さっきも言ったけど恵美は今は殺さない。それから快斗もまだ殺さないよ。それだけは
 約束する。そっちが手出しをしない限りはね。だから、それ以外の残り4人を殺しに……行くよ」

「…………」

「……どう、かな。はは……やっぱり僕、おかしいの、かな? だって、ゲームが殺し合いの競い合いだよ? 絶対変
 だよね、あはははは」

「…………」


 恵美は、黙ったままだった。
 黙って僕を見続けて、そのままだった。なにかこう、覗き込まれているような感じがした。

 嘘は言ってない。だから指摘されることも、ない。


 だが、恵美は……その重たい口を、開いた。


「その残りの4人の中に、司の好きな彩がいる。彼女も……殺すの?」


 辺見 彩(女子20番)。
 そういえば、幼馴染な彼女とはまだ試合開始から一度も見ていない。

ずっと思っていなかったのかと言われれば、それはないと自信を持って言える。誰かを殺したとき、最初に浮かぶの
は彼女の顔だった。その顔は、悲しんでいた。
ずっと思っていたのかと言われれば、それもないと言わなければならない。小沢拓史(男子6番)を怒りに任せて殺し
てからは……恥ずかしながら彼女のことは一切忘れていた。恵美に言われて、やっと……思い出したのだ。

彼女が今、この時点で生き残っていること自体驚きなのだが、それは目の前にいる恵美だって同じことだ。もしかす
ると、彩も恵美と同じく、隠れていた本性が剥き出しになったのかもしれない。
そして……僕は今、その彼女を殺すのだと間接的に恵美に言ったのだ。何故? どうして? 好きなのに?


「彩は……いやだ、殺したくない」


 素直な、気持ちだった。
 彩を殺したくはなかった。どんなに殺さなくてはいけない事情があったとしても、彼女だけは、殺したくなかった。


「それは……彩だけ? 違うんじゃないの?」

「違う……?」

「司は……本当は誰も殺したくないんじゃないの?」


 誰も、殺したくない? 僕が?
 そんな……嘘だろ? だって、僕は……。


「司は、なんだかいつもと違う。それはただ単に今おかれている状況がプログラムだからというわけだけじゃない。な
 にか、鬼気迫るものが感じられるの。だって、やる気になっている理由だってわからない。唐津君とキルスコアを争
 う? それで、終わったらどうするつもりなの? 生き残ったとして、どうしたかったの?」


 生き残って、どうするんだ……僕は……?
 だって、僕は癌で。生き残って帰ったとしても、どうせ数ヶ月の命しかないわけで……。


「司がやる気になった理由は唐津君に勝ちたいからでしょ? なんでそこでキルスコアなの? もっと他に方法はあっ
 たでしょ? それを……司は最悪の選択をしたの。わかるでしょ? どうして、そこまでして唐津君に……」

「黙ってくれないか」


 耳障りだった。今までの行動を全否定されたようで、嫌だった。
 なんだよ、恵美。お前まで、そんなこと言っちゃってさ。僕の事なんか、全然わかってないくせに……。

 もう自棄だ。全部、話してやるよ。


「僕は……癌なんだ」

「……え?」

「神経芽細胞腫。もう治らない。どうせ生き続けても、あと3ヶ月の命だ」

「……冗談でしょ?」

「冗談なんかじゃない。……マジだ」


 恵美は、目を丸くしていた。信じられない、そんな眼をしていた。
 そりゃそうだ。ほんの数週間前まで一緒に遊んでいた友達が、実は不治の病でしただなんて、誰が信じるか。

 だけど、僕は真面目だった。


「自覚症状がないからね、気付くのが遅すぎたんだよ。だから、最後の力を振り絞って倒れるまで、僕は医者に普段
 どおりの生活をすると宣言した。だから新学期になっても、黙って登校してきたんだ、いつものようにね」

「…………」

「このままじゃ中学を卒業するまでに生きているかどうかもわからない。だけどそれ以上に心残りだったのは、唐津な
 んだ。僕はいつも唐津と競い合ってきた。そして、いつも勝てなかった。それだけが悔しくて……どんなことでもいい
 ……あいつに勝てれば、どんな種目でもよかったんだ」

「…………」

「確かに、今回プログラムに巻き込まれて、キルスコアを競い合うという種目は確かに短絡的だったのかもしれない。
 だけど、僕にはもう時間がなかったんだ。なんとしてでも、勝たなきゃならないんだ」

「……そんなのって……そんなのって……!」

「死ぬ前に勝たなきゃ、絶対に後悔するんだ。だから、僕は頑張ったよ。そして……唐津はもう死んだ。もう一対一で
 マジで殺しあうことだって出来ないんだ。だから……あと2人、なんとしてでも殺さなくちゃならないんだ……!」

「……なんで? どうしてよ……!」

「別に生き残りたいとも思っちゃいない。ただ僕は、唐津に勝ちたい。それだけだ。だから僕は殺す。親友だろうがな
 んだろうが容赦なく殺す。そう決めたのは自分だから、きちんと自分でけじめ、つけないと」

「やっぱりそうじゃないの!! ほら、司はやる気じゃないじゃない!! 本当は誰も殺したくなかったのに……ただ
 唐津君に勝ちたい、それだけの理由でクラスメイトを殺しただけじゃない!!」


 ……涙ぐみながら、恵美は言った。
 真剣に、嘘偽りなく、僕を思っての言動だった。

 不思議と、怒りは湧き上がらなかった。
 ただ、冷たい鉄の棒を腹に押し付けられたような、そんな感触が、あった。


「……そのとおりかもしれない。僕は……本当は誰も殺したくないのかもしれない」

「司……」

「……だけど、もう、遅いんだ。誰にも僕は止められない。恐らく僕自身にもね。あと2人殺すまでは……絶対に止め
 ることは出来ない……」

「そんな……!」

「さぁ、そろそろ行けよ。快斗を探している最中なんだろ? ……僕の気が変わらないうちに、頼むから早く消えてく
 れ。じゃないと……僕は……」


 恵美は、立ち上がる。裾についた草を掃うと、二、三歩歩いて立ち止まった。


「あたしは、信じてるから。司が、最後には誰かを救ってくれるって……信じてるから」


 そう言い残して、走り去って行った。
 ……そして、自分だけが取り残される。



 違うんだ、恵美。



 ……僕は、怖いんだ。



 死ぬのが、怖い。

 今までの自分の行動を否定されるのが、怖い。

 そして……自分を抑えきれなくなっているのが……なにもかもが、怖いんだ。











 でも。










 あと、2人。


 あと2人で、やっと……止まる。











 なにもかも。
 なにもかも。











  【残り7人】





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