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 お前を見つけ出すのは簡単だったよ、快斗。
ただ、銃声が聴こえてきて、そっちへ向かったら辻の斬殺死体があったんだ。こんな綺麗な斬り方が出来るのは、居
合道を学んでいたお前くらいだと思っていた。案の定、近くには別の刀が突き刺さっていたし、大方あの辻と斬り合い
でもやったんだろうね。
茂みを掻き分けたら、お前が倒れてやがった。すぐ傍には恵美の死体が転がっている。最初は快斗が恵美を殺した
のかと疑った。だけど、状況を判断すれば一目瞭然だ。快斗には恵美を殺す理由がない。なら、殺したのは辻だ。そ
して快斗は辻を斬り殺した。その後、自殺しようと思って引き金を引いた。だけど、既にそれは弾切れだった。そういう
ことだろう。
だから、快斗は生きていた。あぁ、脈なら簡単に量れたよ。健康そのものだ。大分ぼろぼろになっていたけれど、ほぼ
完璧な体を維持していたね。本当に、ここまでその状態で生き残っているとは、凄い奴だよ、お前は。
もう、今の状態を僕はよくわかっている。だから、和之の遺言なんかどうでもよくなった。快斗と恵美は遭遇していた。
だけど、僕は快斗は撃たなかった。ただ、傍で黙って、お前が起きるのを待っていたんだ。

「僕は、ガンだ」

 きょとんとする快斗。いいよ、その顔。まるで僕が快斗に数学の問題を解説しているみたいだ。
 最初に事実がある。それを裏付けるように、証明していくんだ。

「もう、治らない。末期なんだ。本当なら、一緒に卒業できるかどうかもわからなかったんだ」

「……なんで、言ってくれなかったんだよ」

「言ったら、もう今までのようには遊べなくなるだろう? きっとみんな、僕に気を遣い始める。そんなの鬱陶しいよ。僕
 は、最後まで僕でいたいんだから」

 だから、言わなかった。誰にも言わなかった。
なのに……唐津はどうしてだか知っていたね。ミヤビちゃんも知ってたみたいだった。きっと、心配した両親が連絡し
たんだろう。そして、何故だか唐津にだけその事実を言った。どうしてミヤビちゃんが唐津を選んだのか、それはわか
らない。だけど、きっとミヤビちゃんなりの考えがあったんだろうと思う。

「僕は、死ぬ前に一度でいいから唐津に勝ちたかった。だから、プログラムが始まって、唐津に戦いを申し入れたん
 だ。キルスコアを競い合う、戦いをね」

「キルスコアを……?」

「まず始めに、次に出発してきた坂本を殺した。公園では成田を殺した。それから、親友の利哉も殺した」

「利哉をだと?」

「あぁ、殺したとも。それだけじゃない。まだ沢山いる。脇坂を殺したのも僕、牧野を殺したのも僕、小沢を殺したのだ
 って僕だ。そして、和之も殺したよ」

「お前……そんな」

「あと、長谷も撃ち殺した。その場に倒れていた厚志もついでに殺した。そして、今僕はこの場に居る」

「そんなに沢山、殺したのか?」

「あぁそうさ。途中で唐津が死んだときには驚いたね。ついでに道澤さんがキルスコアを8だなんていうもんだからね
 ……僕、つい頑張っちゃったよ。そしてついに、唐津を負かしたんだ」

 そう、やっと……ここまで生き残って、唐津を倒したんだ。
 だけど、大切なものも沢山失った。取り戻せないほどに、失った。

「それで、お前は……満足なのか?」

「僕の生きがいは唐津を打ち負かすことだった。だから満足しなきゃならないんだ。……なのに、なんだろな」

 助けてくれ。お願いだ、殺さないでくれ。
 親友達の声が、聴こえた。殺される前に、殺してやる。そんな過激な感情もあったな。

 ……だけど、僕は容赦しなかった。躊躇せずに、殺戮を続けた。ただ一人、彩を除いて。

 それが、悲しかった。
 人殺しに抵抗なんかない。そう、自分で思い込ませていた。

 だが本当は、怖かったのだ。一体僕は、何をしているんだろう、そう思った。

 確かに、死は怖かった。
 だけどそれ以上に、クラスメイトを殺すのが怖かった。

 誰かの命を奪う、これ以上の恐怖があるか。
 やめたかった。だけど、やめられなかった。やめた瞬間、今まで積み上げてきたものが、全部壊れそうな気がして。

「……怖いんだ。満足しなきゃならないのに、なんか納得できないんだ」

「それは……お前が望んでいなかったからだろ。和之や利哉だけじゃない、他のクラスメイトを殺すのだって、本当は
 嫌だったんだろ」

 その言葉を聞いた瞬間、なんだかとてもおかしくなる。

「……ほんと、快斗は恵美と同じ事を言うんだね。やっぱり快斗は強いじゃないか。弱虫だなんてとんでもない。本当
 に弱虫と呼ばれるべきなのは……僕の方だ。だってほら、もう……死のうとか、そういうこと、全然考えてないじゃな
 いか」

「……なんだよ、いきなり」

「弱虫の快斗はさっき死んだ。自分で引き金を引いて、自殺したんだ。もう、恐れることなんかないよ。これからは、剛
 く……毅く、生きていって欲しい」

「お前……いったい何を言って……」


“はーい、それでは最後の放送を始めたいと思いまーす”


 その時だ。丁度都合よく、放送が島内に鳴り響いた。
 時計を見ると、丁度三日目に突入したらしい。


“では、死んだ生徒を発表します。男子はただ一人、31番 峰村厚志。続いて女子。11番 辻 正美、18番 長谷
 美奈子、20番 辺見 彩、34番 湾条恵美……つまり全員です”


 前にいる快斗の顔が、みるみる青ざめていく。
 ようやく、今の事態を把握したのだろう。

「まさか、お前……」


“というわけで、残りは秋吉君と粕谷君だけでーす。もう面倒なので、今から2時間36分後、つまりゲーム開始から4
 8時間が経過したその時全エリアを禁止エリアにして2人とも首輪を爆破します。そういうわけなんで、さっさと決着
 をつけて下さいね”


「随分とせっかちですねぇ、道澤さん。なんでそんな特別ルールをまた?」


“本部が崩壊したからね、なるべく早く済ませないと私達が危ないのよ”


「はぁー、そうなんですか。ま、気楽にやらせていただきますよ」


“了解。じゃ、今度は本部で会いましょう。では放送を終わります”


 ブツン、と放送が途切れる。
道澤も、もう体裁がどうのこうのは吹っ切れたのかもしれない。まさか、堂々とこちらの質問に答えるとは思わなかっ
た。まぁ……どうでもいいことだ。

 そして、目の前で固まっている快斗に向けて、言う。


「……とまぁそういうわけだ、快斗。お前には二つの選択肢がある」


「…………」


「生きるか……あるいは死ぬかだ」



 快斗は、大きく息を呑み込んだ。




  【残り2人】





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