生きるか、死ぬか。 なんて簡単な選択肢なんだ。 生存。この二文字を求めて、どれだけの生徒が涙を流したのだろうか。どれだけの生徒が狂気に駆られたのだろう か。どれだけの生徒が……散っていったのだろうか。 ある者は、生き残る為に大切な親友を殺し、またある者は、生き残る為に大切な恋人を殺し、またある者は、生き残 る気などないのに罪もない生徒を欲望の為に殺した。どれも、尊い命が奪われているのだ。 「快斗」 さて、快斗。お前は……どっちだ? どっちをお前は望むんだ? この凶悪な闇に飲み込まれて、他に散っていった生徒同様に死ぬか。 あるいは、目の前にいる親友を殺して、そしてたった独りぼっちになってまでもの生存を望むか。 ―― お前に、選ばせてやるよ。 僕は、ベルトに差し込んでいたソーコム・ピストルを取り出すと、快斗へと放り投げた。 快斗が、目を丸くして受け取る。 「快斗。お前はまだ死にたいのか? それとも、生き残りたいか?」 「司……?」 「お前には、二つの選択肢が用意されている。死を望むのなら、その銃でこめかみをぶっ放せ。そして生を望むのな ら、その銃で僕を撃て。……それで全部終わりだ」 快斗が、真剣な眼差しで僕と、ソーコムを見つめている。 運命の選択だ。快斗が、生と死のどちらを望むのか、ただそれだけの選択だが、それだけになんとも重たい。 「俺は……そんな……」 「いいか、よく考えろ。お前が生き残りたいのか、そうじゃないのか。それで決めるんだ」 困った顔をする快斗は、多分僕は初めて見る。 いつでも快斗は笑っていて、たまには怒ったりして、でも……頼りになる奴だった。 ……そんな顔しないでくれよ、快斗。 お前は、剛い男だろ? 毅い精神を、持っている男なんだろ? 「司……お前、生き残りたくないのか?」 なんで……なんで今更、そんな質問を僕にするんだよ? もう、答えは出ているじゃないか。 「僕は三ヵ月後に必ず死ぬんだ。それで……おしまいなんだ。何度も言わせるな。それに、俺を生かすも殺すもお前 次第なんだ。お前が独りで決めなきゃならないんだ」 「……独りで、か」 悲しそうな顔をする快斗。 どうした? どうして悩むんだ? 他人の命と、自分の命。秤になんかかけちゃいけないものだろう? 「……頑張れよ、快斗。ここで終わるわけじゃないだろう? どんな結果が待っていようとも、それを真っ直ぐに受け止 められるのは、お前だけだろう?」 「…………」 「頑張れ……快斗。……負けちゃ駄目だよ、お前は……僕の、希望なんだ」 快斗が、顔を上げる。 唖然とした顔を、僕に向けている。だが、その唇は、きつく結ばれていた。 毅い、眼をしていた。 その瞳の奥に、決意が、ある。そんな気が、した。 「快斗……やっと、わかってくれたんだな……」 「…………」 ソーコムの銃口が、はっきりと向けられていた。もう、微塵も動かない。 引き金を引けば、もう……全てが終わるだろう。 思えば快斗。お前とはもっと早く会っておきたかったよ。 そうしておけば、もしかしたら……僕は、また違った行動を取っていたかもしれない。 独りぼっちでクラスメイトなんかを殺すなんて行動は取らずに、最期まで仲間と、利哉や和之達と、楽しく笑っていられ たのかもしれない。 だけど……もう遅いんだ。 人生にリセットボタンなんかないんだ。 今までの経験、苦労、悲しみが、全部生きていくうえでの糧になる。 なければよかったなんて、後悔していちゃ駄目なんだ。 もっと……真っ直ぐに生きていくべきだった。 過去の自分なんかに捉われずに、今の自分に正直になるべきだった。 ほんと、気付くのが遅すぎたよ。はは……僕はなんて弱い人間なんだろうか。心にも体にも、嘘をついていた。 真実を知るのが怖かったんだ。 自分が、わけわからないや。何をすればいいのかも見失っていたよ。 快斗。お前は、生きるべきなんだ。 そのことに気付いたお前は、誰よりも剛いはずだ。誰よりも毅いはずなんだ。 どうか……それを、みんなに……教えてやって欲しい。 「快斗……そう、それでいいんだよ」 「……司…………」 快斗の指に、力が込められていく。 そして、ゆっくりと……引き金は、引かれた。 そして……島には銃声が鳴り響く。 最後の、銃声が。 「……これで、いいんだよ」 「…………」 「ありがとう……本当に、ありがとう」 「…………」 「快斗……、負けるなよ……」 「……わかったよ、司」 プログラム開始から三日目、午前零時十八分。 最後の犠牲者は、静かに息を引き取った。 その最後の顔は、素晴らしいほどまでに……安らかだった。 こうして、68人という異例の規模のプログラムは、ゆっくりと幕を閉じたのだった。 男子7番 粕谷 司 死亡 【残り1人 / ゲーム終了・以上霧ヶ峰中学三年A組プログラム実施本部選手確認モニタより】 PREV / TOP / NEXT |