秋吉快斗(男子1番)は、ソーコム・ピストルを茂みの中へ投げ捨てた。 ガサッという音がする。そして、再びやってくる沈黙。何も聴こえない、虚無の空間。 「これで……よかったんだよな、司」 最初で最後の発射。もう、二度と銃を撃つこともないだろう。 結局、一度目は自分の頭をぶち抜き損ねて、二度目は親友の胸を貫いた。なんて結果だ。 司は、俺に「生きろ」と言った。いや……精確に言えば言ってはいない。ただ、そう心が言っていたんだ。 司は……自らの生を拒否した。銃を俺に渡した時点で、俺は気付かなきゃならなかったんだ。 だけど、俺は気付いてやれなかった。どんだけ司が苦しんできたのか、理解してやれなかった。 司、お前こそ、辛かったんだよな。誰にも頼らずに、独りで頑張ってきたのは、お前だったんだよな。 ……お前の気持ちは、しっかりと伝わったよ。二度と、お前のような真似はしない。 “……はーい、お疲れ様でした。というわけで、秋吉君。貴方が今大会の優勝者です。禁止エリアを全て解除したの で、すぐに本部へと戻ってきてください” 悲しげなトーンで、道澤の声が島内に響く。 本当に簡潔に用件だけを述べると、再び放送はブツン、と愛想悪く切れてしまった。 「……じゃあ、戻るとしますか」 何も持たずに、ふらふらと歩き始める。 本当に、俺は疲れたんだな。肉体的にも……そして、精神的にも。 やがて、懐かしの中学校が見えてきた。 その有様は、酷いものだった。壁は剥がれ落ちて、柱は倒壊し、辛うじて本校舎だけがよろよろと建っている。 ……とにかく、酷い有様だった。 「あら、秋吉君。随分と早いわね」 そして、そのボロ校舎の前に、道澤はいた。相変わらずきっちりとしたスーツを身にまとい、直立不動のその姿勢は 清々しすぎるほど綺麗だった。だが、なんだろうな、随分とやつれているようだった。 「……いったい、どんな花火を打ち上げたんですか」 「いい皮肉ね、気に入ったわ。まぁ……本当に派手に花火を打ち上げた子がいてね、酷い有様でしょ」 そして、静止を命じられて、簡単なボディチェックをされた。何も武装していないことを知ると、道澤は少し驚いた様子 を見せたが、すぐに顔を元に戻すと、ビデオ撮影を行うと言った。よくわからなかったので尋ねてみると、要するにニュ ース映像を撮るのだという。ふと辺りを見てみると、見覚えのある兵士が苦笑していた。 「やぁ、疲れているところをすまんね。こういう決まりなんだよ。さて、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」 確か、名前は蒔田……とか言ったっけな。何故かプログラムの会場にいて、恵美の事を教えてくれた大切なお方だ。 「蒔田さん、えーと……なんかセリフはあるんですか」 「おぉ、名前を覚えていてくれたのかい、それは嬉しいね。ええっとねぇ……ううん、残念だけど音は一切流れないか ら、セリフは反映されないな。ただ、ビデオに向かって笑ってくれればいいよ」 「笑う……んですか?」 「あぁー……すまんね、規約なんだ。とても笑っていられる雰囲気じゃないと思うけど、ごめん、頼まれてくれ」 当然、笑えといわれてすぐに笑えるほど俺の精神は壊れていなかった。 何回か粘った挙句、蒔田はやっと5回目にして「まぁ、これでいっか」と苦笑すると、俺に校舎に入るように言った。つ いでにと、電話番号のようなものが書かれた紙をポケットの中に突っ込まれたが、蒔田は何も言わなかった。内緒だ よ、という意味なんだろうか。 「随分とビデオ撮影に時間がかかったのね」 「えぇ、なかなかいい画が撮れなかったらしいですよ。何回もやり直しをくらいました」 「ふふ……まぁよくあることね。さ、そこに座って。まずはやることだけやらないと」 そう促されて座ったのは、ただのパイプ椅子だった。黙って座っていると、道澤はなにやらリモコンのようなものを持 ってきた。そして、喉に向けてボタンを押す。途端、カチンという音がして、首輪がカランカランと床に転がった。どうや ら一種の鍵らしかった。すっかり慣れ親しんだ喉の圧迫感が急に消え、何故か違和感を覚える。 「よし、とりあえずはこれでOK、と。さ、何もないとこだけど、コーヒーくらいなら出すわよ。砂糖とミルクはいる?」 「……あるんですか?」 「ごめん、実はないの。だからブラックでいいわね」 なんだ、道澤もなかなかな人だ。こんなボロボロになった校舎で、よくコーヒーが沸かせるなとは思ったが、それなら ついでに砂糖とミルクを用意してくれてもいいものだが。 やがて、苦いだけの飲み物が三つやってきた。俺と道澤と、そして蒔田の分らしい。 「他の人の分はいいんですか?」 「あぁ、もうみんな港に荷物をまとめていっちゃったわ。残っているのは私達三人だけ。まぁ、色々と見られたくないも のとかがあるからね。優勝者が決まった瞬間に、全員で一斉に持ち出したのよ」 「あぁ、道理で」 道理で、校舎の外に止めてあった車が跡形もなくなっていたわけだ。運び込んだ機密機材を、全て持ち去ったに違 いない。今頃は、港に来ていた迎えに荷物を積み込んで、本島へと帰還しているのだろう。そうしているうちに、ビデ オカメラを何処かにおいてきた蒔田も、道澤の隣に座った。これが、この島にいる生存者なわけだ。 「さ、蒔田君も冷めないうちに飲みなさいな」 「あぁ、どうもです。ではいただきますね」 「ほら、秋吉君も。どうぞどうぞ」 薦められたので、すすってみる。安物の臭い、だが、水しか飲んでいなかったのでそれでもありがたかった。すっかり 冷え込んでしまっていた体を、優しく包み込んでくれるような感覚だった。なるほど、苦いけれど、なんだか目が冴え てきたような気がする。案外悪いものでもないな。 「だけど……なんか変な気分です」 「変? 別に毒なんか入れてないわよ」 「あぁいや、そんなことじゃなくて……この状況がですよ。だって……」 すると、蒔田が割りこんだ。 「なるほどね、自分達を殺し合わせた政府の人間と、こんなところでのうのうとしていていいのか、そういうことかな」 「……そうです。俺はあんた達を恨んでいた。そうなんだけど……なんか」 「恨んでも仕方ない?」 「……わかんないんです。でも、あんた達を恨んだって、何も変わらない、それだけは確かです」 「……なぁ、秋吉。俺が君と会場で会った時、なんて言ったか覚えてるか?」 はて。なんと言ったかな。そんな昔のことは忘れたね。 だんまりをどうやら忘れたと認識したらしく、蒔田は続けた。 「この仕事、好きでやっているのか。そう言ったんだよ、君は」 「そういえばそんなこともあったねぇ。蒔田君、結局答えなかったじゃない。私にも聞かせてよ、返事」 「はは……俺はね、一概には好きとはいえないけど、大切な仕事だと思っているんだよ。生徒たちの尊い命がどんど んと減っていく。それを上からの視点で見ることが出来るのは現場にいる俺達だけなんだ。だから、その立場にいる 俺たちがその生徒たちを一人ひとり心に刻んでいく。全員は無理かもしれないけれど、そうやってそいつらを覚えて やることが、せめてもの救いになってくれれば、そう思っているんだ」 道澤が小さく手を叩く。俺は、唖然としていた。 確かにそんな質問をしたかもしれない。だが、こんな解答は予想だにしなかった。 そして、それに衝撃を受けている自分がいるのも、また事実だった。 こんな人がいただなんて、果たして誰が信じようか。 「そうなんですか、わかりました」 「……感想はないのかな」 にやりと笑みを浮かべる蒔田に対して、俺はゆっくりと言った。 「また、それは次の機会に」 PREV / TOP / NEXT |