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 約束された生存。
 これほどまでに、辛く、悲しい物語があっただろうか。


 秋吉快斗(男子1番)は、3日ぶりに家へと戻った。家の中では、父が、母が、待っていた。二人とも、喜んでいいの
か、それとも悲しむべきなのかわからないという、そういった複雑な顔をしていた。そう、これは仕方の無いこと、当然
のことなのだ。いくら自分達の息子が帰ってきたとしても、既に息子は人殺しなのだから。
だから、快斗は出来るだけのことをしようと思った。全てを、打ち明けようと思った。きっとそれは……あの蒔田とかい
う兵士に諭されたからなのかもしれない。


 日高成二(男子28番)の家へ行った。
 彼が問題児であることに困っていた両親に、成二の優しさを言った。両親は、泣き崩れていた。

 福本五月(女子19番)の家へ行った。
 自らが殺害したことを述べると、父親に殴られた。だが、母親は冷めていた。もういいとまで、言われた。

 増永弥生(女子28番)の家へ行った。
 恋人に殺されたことを言っても、そう……としか言われなかった。家には、父の棺桶が、安置されていた。

 友部元道(男子20番)の家へ行った。
 彼が、殺し合いに積極的だったことを言うと、嘘だと罵られ、皿を投げつけられた。帰り際、両親は泣いていた。

 関本 茂(男子15番)の家へ行った。
 彼と戦ったことを述べた。弟が飛び掛ってきた。何度も叩かれたが、両親はそれを止めはしなかった。

 磯貝智佳(女子2番)の家へ行った。
 友人に殺されたことを言うと、母親がだから付き合うなと言ったのにと娘を罵倒した。快斗は、何も言えなかった。

 天宮将太(男子2番)の家へ行った。
 彼に殺されそうになり、殺害したことを認めた。母親に、逆に謝られた。居辛くなって、早々に家を飛び出した。

 遠山正樹(男子19番)の家へ行った。
 彼に命を救われたのだと言った。父親は、そんな息子を誇りに思ったらしく、快斗自身を励ましてくれた。

 朝見由美(女子1番)の家へ行った。
 彼女が、ただの不良娘ではないことを言うと、母親は泣き出した。そして、父親には家を追い出された。

 辻 正美(女子11番)の家へ行った。
 だが、扉を開けてもらうことさえ出来なかった。あんな子は知らないと言われ、少しだけ辻に同情した。


 そして……湾条恵美(女子34番)の家へ行った。
 最初から一緒に行動していたこと、途中ではぐれてしまったこと、再開した瞬間に、殺されたことを全て打ち明けた。
 父親は苦労をかけたと泣き始めた。母親は自室に引き篭もり、結局快斗とは会ってくれなかった。気にしなくていい
 ……そう父親に言われた。少しだけ、悲しかった。

 最後に……粕谷 司(男子7番)の家へ行った。
 一番上の兄に、殴り飛ばされた。二番目の兄には、蹴り飛ばされた。両親は、反抗して撃ち殺されたのだという。
 司のことを言っても、反応はなかった。なんとも思ってないのかと怒鳴っても、返事の代わりに鉄拳が飛んできた。
 少しだけ、司の苦労がわかったような気が、した。


 プログラム中に出会った生徒、その全ての家に行った。共通しているのは、どうしてお前が生き残ったんだという、
冷たい視線。痛々しく、だがそれでも快斗は懸命に受け入れた。もう、これは終わってしまったこと、全ては事実なの
だ。今更何をどう足掻いたって、結果は決して変わらないのだから。
体中がぼろぼろだった。罵倒され、時には殴られ、それでも……いたわってくれた人がいてくれたのが、嬉しかった。
そして同時に、申し訳なく思った。

 これから、俺は一体どうすればいいのだろうか。
 もう……あの中学校へ行くこともないだろう。そして、この町からも出て行くのだ。

 転校先は、神奈川県だった。一切のことは、言わなくて良いと言われた。それから、受験のことも、なんとかすると
言ってくれた。どうやら、推薦枠で既に高校は決まっているらしかった。確かに、この状態で受験戦争に突入しろと言
われても、何も出来ないだろう。幸いにもほぼ無傷のようなもので、入院することもなく快斗は翌日から行動すること
が出来たのだ。だが、それでも心に残った傷は、あまりにも大きすぎる。

 机の引き出しの中に仕舞われている紙切れ。
 あの優勝した晩に、蒔田がポケットに突っ込んだその紙には、やはり電話番号が書かれていた。

 中学を卒業したら、もう一度蒔田に会おう。
 このもやもやとした気持ちを、打ち明けて相談しよう。

 快斗はそう決めて、両親と共に、この町を去ったのだった。


 もう、誰にも会えないだろう。
 俺は俺ではなくなり、また新たな秋吉快斗の物語が、幕を開けるのだ。



 ……そう、あのクラスの中で、たった一人生き残った俺は。



 全力で、生きていかなければならないんだ。

 散っていった67人の……代わりに。





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